前編に引き続き、ジャズピアニスト伊澤知恵さんにお話を伺います。後編では、ピアニストとしてのスタートから、結婚・出産を経て、現在の活動に至るまでのお話をたっぷり伺いました!
ピアニストとしてのスタート
ピアニストとして活動を始めたのはいつ頃からですか?
伊澤さん ちょこちょこライブはさせてもらっていたんですが、プロとして自覚するようになったのは『ストアハウスカンパニー』という劇団の音楽を担当させてもらった時からかなと思います。
実は、音大時代に自分には音楽の才能がないって感じてプチ挫折した時、音楽以外の何かをやりたいと思って『ストアハウスカンパニー』の公演に役者として出たことがあったんです。
だけど、舞台に出てみて「私は役者じゃないな」ってすぐに思ったんです。演出家の方は、もう少し育てようと思ってくださったみたいで「辞める」って言った時は、すごくがっかりされてしまったんですけど。モラトリアム感がずっとあったんです。自分にできる何かを探し求めていたっていう感じでした。
その後、ずいぶん経ってから、師匠のところに弟子入りしている頃に『ストアハウスカンパニー』のドイツ・スイスツアーがあって、演出家の方から出演のオファーがきたんです。「もう役者はやってなくて今はピアノを弾いてます」って言ったら「じゃあ、お前ピアノ弾けよ」ってなって、まだ修行中の身だったんですけど、なんか面白そうだなと思って引き受けたんです。
アクティブですね!
伊澤さん それで、稽古に行き始めたんですけど、なかなかうまくいかなくて、何を弾いても「違う」「違う」って言われちゃって。その時に作曲もしたんですけど、それまで自分で作曲をしたことがなくて、全然うまくいかなくて。本当に「えらいもの引き受けちゃったな…」って思いました。
ドイツは音楽の国だし「本当に私がそこで弾くの?」って思うとプレッシャーがすごくて、かなり精神的にも追い詰められていました。何を弾いても怒られるし、怒鳴られるし、本当に大変でした。
ドイツツアーでの演目は、初演ではなく、過去に日本で公演した作品の再演だったんです。元々は、ミニマル・ミュージックの作曲家スティーヴ・ライヒの曲を使った演目だったんですけど、音楽の本場ドイツでその曲は使いたくないっていうことでオリジナル曲を作ることになったんです。
本番の日は刻一刻と迫っているのに、出発の2〜3日前まで全く何も決まらなくて「伊澤は連れていけない」って話まで出てて。そんな時、ずっと「オリジナルの曲を作らなきゃ」って悩んでいたんですけど「そうだ!ライヒを真似てみよう!」って思ったんです。この人のやっている事を自分なりに表現してみようって。そしたら「それだよ!」って言われて「これなら伊澤も連れていけるな」って。
そして、ドイツ・スイスツアーに行って、本番を迎えたんですけど、あんなに緊張した時は無いってくらい緊張して。怖いし、精神的にも追い詰められていた事とか色んなものが重なって、その時の演奏が爆発したんです。自分の中で爆発したのを感じたんですよ。
普段「緊張しないね」って言われる事が多いんですけど、もうあの時に比べたら他なんて何でもなくて、あれを経験してからほとんど緊張しなくなったんですよ。
その時の演奏をすごく絶賛してもらって、その時に今の自分が生まれたって思いました。私はドイツで生まれたって(笑)
曲はほとんどその場でできたんですね。
伊澤さん そうなんです。稽古中になんとなくの方向性が見えてきて、でも曲はほとんど即興なので、あとは、その場の感情とか俳優との呼吸とかで曲が生まれる感じなんです。「これか!」みたいな、自分が何を求められて何をするべきなのかが初めてわかったんです。
それが多分ピアニストとしての活動の始まりです。
その後、ドイツ・スイスツアーから帰ってきて、すぐ初めてのジャズライブをやったんです。『Jazz Spot J』でデビューライブをして、ちゃんとギャラをもらって。
それから『Jazz Spot J』からオファーが入るようになって出演を重ねていき、他のライブハウスにも出演するようになりました。
『Jazz Spot J』でピアニストとしてではなくドリンクを運んだりする普通のバイトをしながら、色々なお店でピアニストとしても活動をしていたんですけど、バイトもライブも夜になっちゃうので、バイトを辞めて、昼の仕事を始めたんです。派遣OLです(笑)
昼はOLとして働いて、夜はライブに行くっていう生活が続きました。時にはキーボードを背負って職場に行ったりしてましたよ。でも1年くらいしたら派遣切りにあってしまって(笑)
そこから音楽の仕事一本の生活になっていきました。
ちょうど昼の仕事がなくなってしまった頃から、レストランとかジャズクラブとかのレギュラーのお仕事をもらえるようになってきたんです。
昼の仕事があるから引き受ける量を抑えていたんですか?
伊澤さん そうではないんです。派遣切りとピアニストの仕事が増え出すタイミングがぴったりあったんですよね。なんか、なるべくしてなった感じがしました。
その時は、好きなピアノだけをして生活していたので本当に楽しかったです。
現在はピアノ教室もやっているんですよね。
伊澤さん はい、きっかけは結婚を機に引越しをしたことでした。
引越し先で仲良くなった近所の人から「知り合いにピアノを習いたいって子がいるんだけど」と声をかけられて、自宅で教えることになりました。はじめは生徒数名でスタートしたんですけど、口コミで生徒数が増えていきました。
これまでにも子供に教えることはありましたが、本格的に教える立場になるのはこの時が初めてでした。知り合いに頼まれて大人に教えていた時もありましたが、大人と子供は全然違うんです。現在は幼稚園児〜小学生を教えているんですけど、生徒の性格も様々ですから試行錯誤の連続です。だから面白いんです!
音符を読むのが苦手な子には「じゃあセッションしよっか」って言って、自由に弾かせて、隣で私がその音にメロディーをつけてみたり、色々試しています。
すごく楽しそうですね!
伊澤さん 子供たちがピアノを嫌いにならないようにしたいって思っていて、そこは気をつけています。せっかく習っているのに楽しくなかったら子供も大変じゃないですか、私自身もその方が楽しいですし。
発表会とかもするんですけど、その時は音大時代の友人や、ジャズミュージシャン、スコティッシュのフィドル奏者に来てもらい、私もいろんなジャンルの音楽を演奏しています。
子供たちにいろんな音楽があることを伝えていきたいです!
母になってからの活動について
結婚、出産を経て、何か変わったことはありますか?
伊澤さん 長女が生まれてからも、夫や家族の協力のおかげで、出産後1ヶ月でピアノ教室を再開して、2ヶ月でライブを再開しました。ピアニストとしての活動はライブの本数を減らすことなく、なんとか続けることができたんです。
育児と仕事の両立は大変ですよね。
伊澤さん そうですね、すごく大変だったんですけど、周囲の協力がなければ続けることはできなかったので、本当に感謝しています。それから長女が幼稚園に入り、手もかからなくなってきて、自分の時間を増やすことができるなと思いはじめた頃に次女を授かったんです。
なんだか「今は一歩踏みとどまる時だ」と神様に言われた感じがしました。実のところ「これからがやっと自分の時間だったのに」という思いもあったんですが、将来を見つめ、家族と共に生活する時間を与えてもらったような感じがしています。
次女は私にとってそういう存在になっています。私と家族を結ぶ存在というか。
次女が生まれてから1ヶ月でピアノ教室は再開したんですが、育児との両立が難しく、夜と土曜日のレッスンはやらないことにしたんです。
ピアニストの活動は?
伊澤さん 次女が生まれてから、作曲のお仕事を少し引き受けている程度で、まだライブはしてないんですが、今度『長岡演劇サークル劇団DAN』という劇団の公演で演奏する予定なんです。
実は、私の中学時代の担任の先生が座長を務める劇団で、先生とは全然連絡をとっていなかったんですが、ピアニストになってから、先生から突然「ピアノをやってるって聞いたんだけど」と連絡があって、それから何度かお仕事をさせていただくようになったんです。先生は私が子供の頃はすごく怖かったんですけど、今はすっかり丸くなってました(笑)
4月には渋谷でライブを予定してます。次女が6ヶ月になったので、これから少しずつピアニストとしての活動を再開する予定です。
伊澤さん、どうもありがとうございました。
伊澤さんの明るくて、面白くて、情熱的で、飾らない人柄が、出会う人の心をとらえて離さないんだなと思いました。逆境も素直に受け入れ、自分の力にする前向きな姿勢がとっても素敵です。
ちなみに『劇団DAN』は、小・中・高生主体の地域密着型の劇団で、地元ですごく愛されているそうなんです。
今回の公演もチケットがほぼ完売しているそうです。
劇団DAN 2018年春公演『学園ヘブン』
公演期間:2018年3月23日(金)24日(土)25日(日)
会場:韮山時代劇場映像ホール
荻野雄輔単独公演 驟雨太晴
※伊澤さんはサポートで出演
日時:2018年4月8日(日)会場12:30/開演13:00
料金:前売¥3,000/当日¥3,500(1ドリンク別)
会場:渋谷七面鳥
伊澤知恵/ピアニスト
静岡県出身 武蔵野音大卒業
クラシックピアノを平野邦夫氏、ヤノーシュ・ツェグレディ氏に師事。 ジャズピアノを嶋津健一氏に師事。
ジャズクラブやレストランでの演奏活動や、映画、演劇での音楽を担当。 劇団「ストアハウスカンパニー」では国内だけでなく、ロシア、ドイツ、スイス、韓国、インドネシアなどの海外でのツアーに参加。 また即興演劇グループ「TILT」では即興ミュージシャンとして参加。 ジャンルにとらわれず、さまざまな音楽に傾倒。 シャンソンやケルト音楽も演奏し、また即興系のミュージシャンとも数多く共演する。
主な共演者・・・ジョン・ゾーン、巻上公一、大友良英、ジム・オルークなど。